「一大事」というのは、このまま放置していてはいけない、重要な出来事という意味で、「お家の一大事だ」「国の一大事だ」というふうに使われますね。
みなさんにとっては、たとえば受験や就職、結婚、病気など、人生の大きな出来事で使うことが多いと思います。
これも実はもともと仏教語で、お釈迦さまが世のもろもろの人々に智慧を悟らせて救済しようとする、
その大きな仕事のことを「一大事」といい、そのためにお釈迦さまがこの世の中に現れることを
「一大事の因縁(いんねん)をもってのゆえに世に出現したもう『法華経(ほけきょう)』」と表現したりします。
お釈迦さまはすべての人々を幸せにしていくためにこの世に出現されました。
同様に、わたしたちも貴重な因縁をもってこの世に命をいただきました。
わたしたちにとって、「一大事」とは何も特別なことではありません。
「生きる」ことが何よりの「一大事」です。
お仕事をしたり、炊事や掃除などをしたり、勉学に励んだり、ボランティアをしたり、その立場や役割によって違いはあるでしょうが、
しなければならない大切なおつとめがあると思います。
誰しも若くて元気なうちは「生と死」の意味を深く追求することを忘れがちですが、やがて生きる縁が尽きて命も終焉を迎えます。
今、この時こそが一大事です。
一日が終わったとき、今日も良き日だったと振り返ることができるよう、日々を充実させてまいりましょう。
参考 『耕雲寺』HP、『曹洞宗九州管区教化センター』HP、『大谷大学』HP、『天台宗』HPほか